雑記−左右無し−
もし君が「死が二人をわかつまで」にロマンを見出すとしたら、どういう結末だと思う?
ふと思い出して便りを出したら死んでいた時くらいね。
にべもないな。
ロマンは嫌いなのよ。私たちはそうしましょう。
それが良いのかい。
さあ、でも、あなたに見せる死に顔を私は持たないと思う。
夏に出会ったものと、夏との相性が悪いと彼女が気付いたのは、おそらく二度目の秋だった。
その年に出会ったものは、等し並という顔つきで望むことの出来ないような、ただ、開襟シャツから覗く頼りない腕を見た時の情念を振り払うほどではなく、それどころか呼び水になるような肝要なものたち。
大事にせざるを得ない自らの感情に反して、逃げる以外の術を知らぬと主張したがる彼女の体は、すべて明らめるに越したこと無いほど素直な反応を見せる。唇を舐めずにいられないほどにすべてが濕りを奪っていく。
彼女の生温い声で漏らされる共時的な「好き」という言葉も、以来まったく聞けぬようになり、目付きの変化した表情に朝な夕なと気を揉まされたが、それももう仕舞いだ。
「頭に浮かんだ言葉を喉に通したら通すだけ、ただ無意味だったと知らされるような場所に、強く居続けられるほど私が唯唯ではなかっただけのこと」
奇特であるが、ずいぶん頑愚である。そう嘲罵されたかったろう彼女に対して、そのようなことを最期まで決して出来ることはなかったが、敬意を表していま言うならば、君の説こうとした愛に意味なんぞはなかった。自身の艶然にも汚穢にも耐えられぬ徒波だけは格別にお似合いだ。
長々と墓前でそう語るが、さぞかし朗色濃い顔で辞世を読んだのだろうと思えば、機微を知る君がもういないことを純粋に悲しめると、そう思った。
色に出ず
男がいる。
大量の白い紙がこすれあう音がやたら響くほど、それに囲まれた男。
歩みをそちらへ向けると、火が燃えている空気の変化に気づいた。
男は、真っ白な紙を無感動な目で、赤や青や、様々な色に染めていた。
染めては火の中に放り込む男の顔に見覚えがあった。
「詰まらないことをしている人がいると思ったら、あなただったのね。」
気心知れた男に私がそう言うと、男は
「珈琲と紅茶、どっちが良い。」
と言う。
「あなた、紅茶なんて飲まないじゃない。」
そう言うといつの間にか出されていた珈琲に私は口をつけていた。
かつてこの男の振舞った珈琲がこんな味をしていたかと考えているうちにも、男は黙々と紙を染め上げていく。
「なぜ燃やすの。」
分かりやすい疑問だ。染める疑問に先立つものを燃やすという行為に感じられた。
これから燃やされるであろう紙が目の前で染められている。これは、胡粉色か、染められているかどうかも分かりづらい色さえはっきりと感じる。色だと。
「染めたいんだが、染めたものが残っているのがどうにも不愉快だから燃やすんだよ。」
「なぜ染めるの。」
順当ではなかったらしい疑問を臆すること無く問う。ここではっきりと男が私に顔を向け、面倒くさい女だと言いたげに目を細めた。顔の筋肉の動きに一切の迷いも感じられない。
「それを言っても、お前が満足するとは思えんな。俺は染めたい、それだけ分かれば良いだろう。」
そう言って珈琲を飲むと、いぶかしげな表情でコップを見る。
染料でも混ぜたんじゃないでしょうね、と思いながらも、黙って男が染めては燃やし続けるのをこちらも黙って見つめていた。
小一時間も黙って過ごした頃に、お前も相変わらずだな、と言い、やっと私の前に座った。
さて、この男は誰だろうかと思い目を覚ました私は、シーツの胡粉色に初めて気付いた。