色に出ず

男がいる。
大量の白い紙がこすれあう音がやたら響くほど、それに囲まれた男。
歩みをそちらへ向けると、火が燃えている空気の変化に気づいた。
男は、真っ白な紙を無感動な目で、赤や青や、様々な色に染めていた。
染めては火の中に放り込む男の顔に見覚えがあった。
「詰まらないことをしている人がいると思ったら、あなただったのね。」
気心知れた男に私がそう言うと、男は
「珈琲と紅茶、どっちが良い。」
と言う。
「あなた、紅茶なんて飲まないじゃない。」
そう言うといつの間にか出されていた珈琲に私は口をつけていた。
かつてこの男の振舞った珈琲がこんな味をしていたかと考えているうちにも、男は黙々と紙を染め上げていく。
「なぜ燃やすの。」
分かりやすい疑問だ。染める疑問に先立つものを燃やすという行為に感じられた。
これから燃やされるであろう紙が目の前で染められている。これは、胡粉色か、染められているかどうかも分かりづらい色さえはっきりと感じる。色だと。
「染めたいんだが、染めたものが残っているのがどうにも不愉快だから燃やすんだよ。」
「なぜ染めるの。」
順当ではなかったらしい疑問を臆すること無く問う。ここではっきりと男が私に顔を向け、面倒くさい女だと言いたげに目を細めた。顔の筋肉の動きに一切の迷いも感じられない。
「それを言っても、お前が満足するとは思えんな。俺は染めたい、それだけ分かれば良いだろう。」
そう言って珈琲を飲むと、いぶかしげな表情でコップを見る。
染料でも混ぜたんじゃないでしょうね、と思いながらも、黙って男が染めては燃やし続けるのをこちらも黙って見つめていた。
小一時間も黙って過ごした頃に、お前も相変わらずだな、と言い、やっと私の前に座った。
さて、この男は誰だろうかと思い目を覚ました私は、シーツの胡粉色に初めて気付いた。